エッジ・ライフ

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「桜が綺麗ね」  気分を変えるために、私は言った。川沿いに等間隔に植えられた桜の列は、橋のところで切れている。橋を挟んで向こう側には、もう桜の木は無かった。 「そうだね」  恋人は私の隣に居て、相槌を打つ。彼は私の隣に居てくれるという。だけど、彼の隣には、私の他にも多くの人が居るのではないだろうか。彼を頼り、必要とし、一緒に笑う人々が、きっと居るのではないだろうか。私と違って。  ああ、ちょうどこんなふうだと、桜の列の端を見て思った。一番端の桜だけ、隣の木が一つしかない。 「ねえ、桜って、風が吹くと泣いているように見えない?」  どうしてそんなことを思ったのか分からないが、とにかくそう思ったので言ってみた。さっき「何でも話してくれ」と言われたのが影響したのかもしれない。  恋人は少し考えてから、「感受性が豊かなんだね」と言った。  その言葉は、少なくとも私が自分で傷付いたと分かる程度には私を傷付けた。  私はまた後悔した。言わなければ良かったと思った。彼の悪意の無い言葉で、こんなに傷付くくらいなら。  そして、その言葉でこんなに傷付く程に、彼に期待してしまっていた自分を恥じた。 「美春?」  気を付けていないと泣いてしまいそうだったので、慌てて表情を取り繕った。 「ううん、何でもないの。感受性、そうね、そうだと良いわね」  本心だった。少なくとも、何も感じなくなるのはとても怖い。例えばあの問いの答えを聞かないままに、あの問い自体を忘れ捨ててしまえるようには、絶対になりたくなかった。  そのとき、ふと思い当たった。もしかしたら、本当にもしかしたらだけれど、母が死んだのは、それを忘れてしまったからではないだろうか。私は母と同じ運命を辿るのを恐れているのではないだろうか。 「裕史」  私は恋人の外套の袖を強く握りしめた。 「あなたは、私の隣に居てくれる?」  卑怯な言い方だ、と思った。もちろん恋人は頷いた。心なしか嬉しそうに。 「そう言っただろ。だから安心して頼ってくれ」 「それなら、さっきの私の問いかけを覚えていて。たぶん私はそれを忘れないと思うけれど、もし万が一忘れてしまったら、あなたが私に問いかけて」  恋人はきょとんと首を傾げた。 「問いかけって、何のこと?」  私は恋人の目を見つめて、もう一度、その消えない問いを口にした。 「私は生きていて良いのだと思う?」
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