エッジ・ライフ

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 恋人は今度は泣き出しこそしなかったが、とても悲しい顔になった。それを見て、また私は後悔した。どんなに恐ろしくても、彼を巻き込むべきではなかった。私は後悔してばっかりだ。 「美春、君は自分が一体何をしたって言うんだ? どうして君は、生きていちゃいけないなんて思うんだよ?」  たぶんもう「何でもない」は通用しない。私は努めて穏やかな声で、言い聞かせるように答えた。 「生きていちゃいけないとは思っていないの。ただ問うているだけ。でも、そうね、何をしたかと言えば、例えば今、あなたを悲しませたわ。優しいあなたを、私は自分のために悲しませたの」 「そんなことは気にしなくて良いんだ。それだけ僕は君を失いたくないと思っているってことなんだから。そして、君はもちろん生きていても良いんだ。僕が保証しよう。ほら、な、もう答えただろ。だからもう、忘れても良いだろ?」  これ以上、彼を悲しませることはできない。 「ええ、ありがとう。その答えを待っていたの。本当に、ありがとう」  嘘だった。彼の答えなんて初めから分かっていたし、その答えに私が満足しないことも分かっていた。なのにそんな問いをしてしまった私は本当に愚かだ。一体何度後悔すれば、私はこの愚かさを正せるのだろう。  恋人は安心したように溜息をついた。 「君はいつでも、崖っぷちに居るみたいだね。目を離すと落ちてしまいそうで、とても放ってはおけない気がする」  それはきっと合っているのだろう。そして、崖と反対側の隣に、恋人は居るのだ。私が落ちないように、崖と反対側に私を引っ張るために。でも、そちらへ行き過ぎてはいけないと、私は頑として崖の隣から離れない。 「不安にさせてごめんなさい。でも、きっと、私はそこに居なくてはならないの。そこに居ることで、私は正気を保っていられるのだと思う」  さっきと全く表情の違う溜息をついて、恋人は言った。 「訳が分からないよ。本当に」  私たちは出会うべきではなかったのかもしれない。裕史はあのまま、彼女と幸せになってしまうべきだった。そして私もあのまま、独りでいるべきだったのだ。それなら、これほどバランスを取るのに苦労する必要もなかったのに。 「分かりやすく言うと、あなたのことがとても好きだから、夢中になってしまうのが怖いのよ」  幸福という麻薬に溺れないように、私は私を監視して、必要なら戒めなければならない。
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