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「大丈夫だ。僕は君の隣に居るって、さっきも言っただろ。だから怖がる必要なんてない。夢中になれば良いさ。僕は絶対に君の隣から居なくなったりしないから」
そうじゃない。そうじゃないの。そんなことを恐れてるんじゃない。私が本心を話せば話すほど、私たちは絶望的に食い違う。
「ごめんなさい」
「どうして謝るんだ」
「ごめんなさい。今日はもう、帰るわ」
とても、これから買い物をして、有名店のパスタを食べて、映画を観られるような気分ではなかった。
私は恋人の手を離し、駅に向かって踵を返した。
「ちょっと、待って。おい、美春。美春! どうしたっていうんだ!」
待たなかった。待てなかった。待つことは許されないと思った。逃げるように早足で歩いた。最低だ。私は最低だ。今すぐそこの川にでも飛び込むべきなのではないだろうか。
私は彼の隣になど居るべきではない。
「美春!」
強い力を左手に感じて、私は後ろに引っ張られた。誰の手かすぐに分かった。体勢を崩した体を別の体が受け止めた。不覚にも嬉しくて、私はまた自分が嫌いになった。
裕史はそのまま私を強く抱き締めた。
「美春、僕は君のことが良く分からない。だけど、少しでも分かりたいから、できる限り君の傍に居たい。君が帰るのなら、僕も一緒に帰ろう。君の家まで送っていくよ」
初めて、彼の言葉が、私の心の真ん中をとらえた。衝撃だった。私はそんな言葉を求めていたというのか。
熱を出したみたいに顔が熱くて、動けなかった。声も出せなかった。激しい衝動が体の奥から湧き上がる。だめだ。やめろ。それは甘えだ。許されない。
なのに、抑えられない。
「うわああああああ」
堰を切ったように私は泣いた。大声を上げて、子どものように号泣した。裕史に抱きついて、ばかみたいに泣きじゃくった。そんな自分が情けなくて、泣きながら泣きたくなって、また泣いた。何度も何度も、号泣の上に号泣を重ねた。
だめだった。とっくに手遅れだったのだ。私はもう溺れてしまっていた。彼が隣に居て欲しい。彼の傍から離れたくない。たとえそれで何を失ったとしても。たとえそれで、何度彼を傷付けたとしても。私は許されなくて良いから、彼の隣に立っていたい。いつか母と同じ目に遭う、その日まで。
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