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博多の街、大人の淡い物語・・・
1
「いらっしゃい……ませ」
リンリンとドアに取り付けてある鈴が鳴り響き、客の来たことを私に教える。
今日はカラッと晴れた良い天気なのだが、明日は黄砂が飛んでくるので注意するようにと携帯ラジオが報せていた。
「すみません。ガットの張替をお願いできますか?」
平日の昼下がり、そのお客はケースに入れたラケットを大事そうに抱え込みながら私に話しかけた。
「……」
黒のタイツに仕舞われているスラリと伸びた脚と、整った肩のラインが上品さをそれとなく私に伝える。
「あの……」
フワリとした巻き髪が、この店の主である私に声をかけた。
「あ!? 失礼しまし……た。張替ぇぇですね? いっつの仕上がりご希望でしょうか?」
その女性が入って来た瞬間から心を奪われてしまった私は、今しがた張り始めた硬式ラケットの上に手を乗っけたまま、その美しさに魅せられ呆けてしまっていた。そして、この女性が話した標準語を私も見栄を張って使ってみたのだが、どうやら私のその言動が可笑しかったようで、その女性は白い歯が見えないように口元に手を当ててクスリと笑顔を溢した。
「来週、受け取れますか?」
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