田辺さん、72歳

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 いつも行く安い定食屋で、昼飯を食いながら、甲子園の中継を見ていた時である。ちょうど試合をしていた高校が、たまたま相席になったサラリーマンの出身県の代表だった。そしてその学校が見事、サラリーマンの応援に応える様に逆転勝ちを果たすと、彼は殊更自慢げな表情になり、 「いやあ、あの学校は負けないっすよ。だって練習量が半端じゃないですからね。努力は人を裏切りません」  それを聞いて、自分、 「相手の学校だって、相当な努力をしてるでしょうよ」 「ま、そりゃそうだとは思いますけど」 「この世の中には、報われない努力もあるんですよ」  自分は今、警備員の仕事をしている。最近は交通整理の現場が多く、夏でもないのに顔は日焼けで真っ黒である。おかげで肌は荒れ、実年齢よりも随分老けて見える様になってしまった。特にその日の現場はキツく、いつもの照りつける日差しに加え、乾いた強風まで吹きつける有様だった。つくづく何もかもが嫌になってくると、誘導の棒を持って立つ自分の足元に、不意に何かが絡みついてきたのである。何と、視線を落とすと宝くじ。自分は咄嗟に周囲の目を盗んでそれを拾い上げ、急いでポケットの中へと突っ込んだ。  結論から言えば、もちろん外れた。たった一枚、当たるわけがない。だがしかし、拾ってから当選番号発表までのたった10日間、恥ずかしながら、何故か自分の心は躍ってしまったのである。繰り返すが、当たるわけなどないにも関わらず、当選金の使い道などを、知らず知らずの内に考えてしまっていた。普段は全く興味すらない、不動産の広告に目を通したり、単に仕事の対象でしかなかった自動車の、種類やグレードなどをそれとなく気にかけてみたり・・・。まるで、モノクロで無味乾燥だった世界に、ほんの一時だけ、色や匂いや温度が加わったような気になれたのである。暫く忘れていたが、この気持ち、久しぶりである。
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