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実は昔、小説家になろうと、日々、奮闘努力を重ねていた時期があった。しかしながら、書いても書いても全く評価を得られず、いい加減馬鹿らしくなってきたところで、気付くと、金も、家族も、安定した仕事も、同世代の人間と比較すると、情けない程に何も手にしていないことに愕然とさせられた。以降、ただ食って生きていくことだけに生活の主眼が置かれ、この目の前の世界から、色や香りやぬくもりが、徐々に消えて行ってしまったのである。
「そうだ、また、書き始めよう」
あの時の、高校野球中継が頭をよぎった。いいんだもう、たとえ努力が報われないとしても。何かに向かって必死に努力をしていた時の、モノクロじゃない、無味乾燥じゃない、世の中をもう一度頑張って取り戻そうじゃないか。年齢は既に50近いが、そう決心すると、ぎりぎり生活できるレベルまで出勤数を減らし、空いた時間で作品を書きまくることにした。あらゆるコンクールに応募しているが、もちろん入選などしやしない、それでもういいのだ、構やしないのだ。仕事もしていない、書いてもいない時間はネタ探しに、街へ出る。それまでは、ただ目的地への到達の為、通過するだけの一帯だったそれが、今や新たに見つけた漁場のごとく、自分の目の前に広がっている。人を見る、会話を聞く、店の中を覗く、看板やポスターを見る、落ちているゴミにまで目を遣る。それでもネタが思いつかなければ、いつまでも、どこまでも歩く、苦しむ、そしてもがく。正直、かなりしんどい。しかし、体も頭もフル回転させればこそ、腹が減る、メシがうまい、ついでに酒はもっとうまい。これ以上の喜びがあるであろうか。ついでに金さえあれば、全く言うことはないのであるが・・・。
そんなこんなで、今日も現場に立っている。するとまた風に乗って、嘘みたいな話だが、宝くじが一枚飛んできた。思わず苦笑いすると、今日もそれを知らぬ顔で、ポケットの中へと突っ込んでいった。
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