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その日から、それは屋敷の中を揺らめきながらうろついているようでした。
廊下や庭で揺らめいているのを時おり見かけます。ただ、私の部屋には毎日必ず姿を表しておりました。
少しずつ、少しずつ、それは大きくなっていきました。まるで痩せ細った人がふくよかになっていくようです。色も、濃くなっていました。
ゆらゆらゆらゆら。
何をするわけでもなく、それは室内で揺らめいています。私はそれを、ただ眺めます。どうやら、他の者には見えていないようでした。
ある日のことです。読書中、それはゆらゆらと近づいてまいりました。少しだけ距離をあけ、けれどそれまでにない近さで揺らめいています。
何とはなしに、声に出して読んでみました。読んでいる間、それはじっと揺らめいています。耳があるわけではありません。それでも、聞いているのだとわかりました。
その後も、度々読み聞かせを行うようになりました。家の者には奇異の目で見られましたが、声の出し方を忘れないため、を口実に。
少しずつ、少しずつ。距離が縮まるのがわかりました。
体調が悪く、辛い時はずっとそばにいてくれました。春には桜の花びらを、夏にはセミの脱け殻を、秋には色づいた葉を、冬には雪の欠片を運んできてくれました。
会話をすることはできませんが、気遣ってくれていることがよくわかります。
穏やかで、とても満ち足りた日々でした。
けれど、そう感じていたのは私だけだったのです。
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