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意識を取り戻すと、彼の姿はありませんでした。
医師の話では、今度こそ助からないかもしれなかったそうです。数日間、生死をさ迷っていたのだと。
また、死に損ないました。
できることならついていきたかった。それが無理だから、せめて彼が理由で命を落としたかった。
ぼんやりと、室内を眺めます。
こんなに広くて、静かだったでしょうか。少し、肌寒い気がします。色のない日々に戻ったのでしょう。
指先に、何かが触れました。赤い実。摘まんで、じっと見つめます。何とはなしに、口に含んでみました。
それは、脳がとろけるほどの美味でした。
身体が軽くなるのを感じました。思考もはっきりします。そうして、その日から熱を出すことも寝込むこともなくなりました。健康になっていたのです。
悪いモノを祓ったから私の身体がよくなったのだと、周りの者は言いました。けれどそれは違います。彼のくれた赤い実のおかげです。
どうしてあの実をくださったのでしょう。長年、雨露を凌ぎ、食事できる場を提供していたことに対するお返しのつもりだったのでしょうか。
本を開いたまま、ぼんやりと思考に耽ります。
読み聞かせる相手はもういません。健康になったところで、心は晴れません。縁談の話が出ているようで、煩わしいことばかりが増えました。
企んでいることがありますが、そのための準備がままなりません。
ため息を一つ。頁を捲ろうとして、指先に痛みが走りました。ぷくりと膨らむ血。ぬぐった後には、けれど傷痕一つありませんでした。
ある予感が胸をよぎりました。そうして、それは正しかったのです。
色々と試して、死ににくい身体になっていることがわかりました。ならば準備を行う必要などありません。身一つで家を捨てました。
どのみち、このような身体になっては長く家にいることはできません。いつか気づかれてしまうでしょう。この身体ならば、無理もできます。
彼を探して全国をさ迷うことも、可能です。
彼に会いたい。
会って、伝えられなかったお礼を言いたい。丈夫な身体をくれたことが嬉しいのではありません。日々に彩りを与えてくれたことが、何よりも嬉しかったのです。
丈夫な身体。死なない身体。けれどそれは、ただ死んでいないというだけ。彼といる時だけ、私は生きているのです。世界に色が溢れるのです。
これが、私が彼を探している理由です。
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