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私はピラミッドを降り、近くの案内所に立ち寄った。
そこにいた老婆には英語が通じなかったので、用意しておいたスマホの通訳アプリを使って話しかけた。
『大切な人の遺したサボテンです あそこに植えてもいいですか?』
彼女は一瞬目を見開いた。そして何度も頷くと、サボテンの並び立つ原野まで案内してくれた。ここがいいよ、というようなことを喋り、地面をバンバン叩く。
『恋人は 天国で 幸せです』
無機質な機械音が、翻訳した老婆の言葉を告げる。
『恋人じゃありません、私は……でも……恋を、していました』
私の頬を涙が伝った。彼女は私を優しく抱きしめた。
『あなたの恋心も 天国で 幸せ』
皺だらけの手が私の頭を撫でる。私は声を押し殺して、長い間彼女の胸の中で泣いた。
原野を熱風が吹き抜ける。渇いた砂のにおい。甘い花の香り。照りつける太陽。足元から立ち上る蜃気楼。
気がつけば随分と遠くまで来てしまっていた。こんな、地球の裏側まで……。
ふと視線を戻すと、一瞬、持ってきたサボテンをどこに植えたのか分からなくなった。
ああ、あれだ。背も小さく、花もつけていない頼りない姿。
私たちのサボテンは、無数の突出物が群れ並ぶこの奇妙な光景にもう馴染み始めていた。
――帰ろう。
首筋の汗を拭って、私はその奇妙な景色に背を向けた。
私には帰る場所がある。
夫になる人の待つ家に、帰ろう。
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