2人が本棚に入れています
本棚に追加
そのバスは右車線を荒々しく走行していた。
車内は蒸し暑い。それでも外は砂埃が巻き上がっていて、とても窓を開ける気にはなれなかった。
メキシコシティからバスで一時間、私はたった一人でテオティワカン遺跡に向かっている。隣の空席に無意識に目がいき、勝手に罪悪感を覚える。いつも一緒にいたあの人はいない。婚約指輪も、失くしたくないからと日本に置いてきた。
私は足元のトートバッグから鉢に植えられた大きなサボテンを取り出して、膝に乗せた。
――大事な人の形見で……連れて行きたいんです。
空港の検疫所でそう説明する私のことを、検疫官はきっと変な女だと思っただろう。
このサボテンは先輩と私が大事に育てていたものだった。
新入社員である私の教育係だった先輩は、陽気でおしゃべりで、月みたいにひっそりとした性格の私とは正反対の、太陽みたいな人だった。
「マヤ文明とか、好きなんです。一度メキシコに行ってみたくて」
何かの話の流れでそんなことを口にした次の日、先輩は職場に大きなサボテンを持ってきた。俺の家にあったでっかいサボテン、今日から二人で育てよう、なんて楽しそうに笑って。
それから毎日交代でサボテンの世話をした。鉢の植え替えもしたりして、私たちはこの子を大切に育てた。
でも、育っていたのはサボテンだけじゃなかった。
いつの間にか、私は昼も夜も関係なく先輩のことを考えるようになってしまっていた。
それは先輩が不慮の事故で亡くなってからも途切れることなく続いている。
最初のコメントを投稿しよう!