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第2章 依頼
一色が夕食の後片付けをしているのを横で座ってジッと見ていると、しばらくして照れた笑顔が振り返った。
「そんなに見張ってなくても、皿洗いくらい僕にだって出来ますよ」
家が近いこともあって、付き合ってから、ほとんど毎日夕食を一緒に食べている。今日は俺が作ったから、一色が片付けを買って出てくれた。
この時間、テツはクレートで夕食を食べて、そのまま寝ていることが多い。そして俺たちも、こんな風にまったり過ごす事が多かった。
「今日動物病院で、葵ちゃんって女の子と話したことを思い出してただけだよ」
あれから一色にはまだ連絡は無いらしい。訓練所での様子を見た限りでは切羽詰まってそうだったけど、今日はもうかかって来ないのだろうか?
「…女の子? 可愛い子ですか?」
「うん、可愛い子だよ…」と答えて、あ、ヤバいかな?と気付いたら、時既に遅し。
一色はタオルで手を拭きつつ、目を据わらせていた。
「葵ちゃんは"7歳の"可愛い女の子」
慌てて年齢をアピールすると、すっごい変な顔してる。おいおい、いくら俺が一色以前は女性としか付き合ったこと無くても、流石に7歳は無いわー。むしろ俺はそのくらいの"娘"が居てもおかしくない歳だ。
「一色、顔が面白いことになってるよ〜?」
拗ねたような……不満そうな……普段見せたことが無い珍しい表情の一色を覗き込むと、短い間に次々と百面相した。
「どうした?w」
立ち上がって、一色を抱き寄せて額を合わせる。いつもシャワーを済ませてから来る滑らかな頰を両手で包み込むと、栗色の瞳の奥が何故か悲しげに瞬いた。
「何でそんな悲しそうなの?」
「…自分でもよく分かりません。速水さんは元々ノーマルだから、やっぱり女性の方が良いんじゃないかとか、僕だけに縛ろうとする自分が嫌になったり…初めてだから、自分で…自分が…分からない」
こういう時、女性だったら「別に…(察して)」の一言で終わる。しかし、一色は聞けばちゃんと話してくれるのでありがたい。まぁ、聞かなきゃ言わないんだろうけど。
「ノーマル男が夢中になってるんだから、もっと自信を持ちなさい? それとも俺に首輪でも付けとく?」
「アハハハ、チョークチェーンにするかスパイクにするか迷うなぁ…」
一色の笑い声に耳を傾けながら、その肩に顎を乗せて抱きしめる。力強く拍動している、俺より引き締まった筋肉質な男の身体。決して小柄でも華奢でもないプロの訓練士に対して、小さな犬に噛まれる心配なんて失礼だったと苦笑した。
「一色は頼もしいね。尊敬して止まない俺の先生……」
横を向くと、キス待ちの顔。この顔をされるといつもイジワルをしたくなってしまう。ジッと見続けて怒らせてみたり、口に鼻を突っ込んでやっぱり怒らせてみたり。
今日は素直に応じておこう、でもイジワルはやめられない。一旦離れて、両手で一色をシンクに張り付けてからの、正面からキス。
一色はこーゆーの苦手で、照れてわちゃわちゃするのが可愛い。熱い唇を重ねて、覆って、押し入ったところで、一色のスマホのコール音に邪魔されてしまった。田辺さんだろうか?
唇を離すと、一色は俺を優先して続きを望んでくれたが、俺は電話に出るよう促した。
「葵ちゃんかもしれないから…」
その時俺がどんな顔をしていたのか分からないが、一色は瞬時に仕事の顔になると、リビングへ移動し電話に出た。
しばらくダイニングテーブルやら食器やらを片付けていると、電話を切った一色がリビングから戻って来た。
「田辺さんという女性から、噛み犬の相談でした。火曜の夜に会いに行ってきます。……速水さん、知ってたなら何で教えてくれなかったんですか?」
「え……だって、電話かかってこないかもしれないし……」
一色は俺の背中から腰に手を回して抱きつくと、溜息をついた。
「速水さんのことだから、僕のことをいろいろ心配してくれてるんでしょうけど…僕は逆に、そんな優しい速水さんが心配ですよ」
「…分かってるけど、恋人には小さな怪我もして欲しくないと思うのが普通なんじゃないか?」
遊びとは言え、飛び掛かって来る大型犬を四六時中相手にしているようた男だから、いくつも傷跡があるのは知ってるけど、出血するような噛み傷は出来るだけ負って欲しくない。
俺は腰に巻き付いている一色の手をガシッと掴むと「怪我チェック」と称して、寝室へ連行し、念入りにチェックした。
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