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2-2 日常
長かったGWが明け、世間はまた日常を取り戻した。最近はテツとジョギングをすることが多く、今日も、いつも一色が預かり犬の訓練をしている橋の近くまで走る。
5月と言えども早朝はまだ寒く、俺のジャージも長袖だ。走れば暑くなるので、そろそろ衣替えの季節かな。
目の前を通り過ぎて行く景色。チラホラ残る菜の花の黄色い花が揺れる河川敷で、前方に今朝も早くから仕事をしてる一色を見つけた。
GWで預かっていた犬もほとんどがオーナーの元に帰り、競技会組だけが残っているらしい。その内の1頭、ダルメシアンのドット君が今朝の訓練のトップバッターのようだ。
「速水さん! おはようございます!」
一色があからさまに嬉しそうに駆け寄って来るので、人目もはばからず抱きしめそうになる。あぁ、おはようのキスがしたい。
「はぁ…はぁ……おはよう、一色。……おはよう、ドット君」
息を整えながら名前を呼んでもドット君は目もくれず、テツと鼻をつき合わせて挨拶。テツは毎日のように一色の生徒犬に会っているので、すっかり慣れて挨拶もそこそこに地面の匂い取りを楽しみ始めた。
「今日も預かり犬3頭の訓練?」
「今月末競技会なんで、預かり犬の返却と、出張訓練が2件と田辺さんですね」
そうか、今日ココアちゃんとの対面の日か。相性が合えば良いなと…一色の顔を見ると、前髪に白く光るものが。
「一色に白毛がっ⁈」
「あ…さっきドットを撫でてから髪を触ったからかも」
取ってあげると、それは睫毛ほどの長さの白い毛だった。ダルメシアンの毛だ。
「抜けるとは聞いてましたが、想像以上ですね。下着まで毛だらけです」
「へー、短いから抜けないのかと思ってた。今夜はダル毛チェックだな」
「なんですか、それ(笑)」
毎朝のルーティン。雨の日はメールになってしまうが、降っていない日は大抵こんなふうに、会って他愛無い話をしてから出勤する。
少し話していると、河川敷を女子高生が登校して来た。会社までは家から車で15分だが、早めの学生が登校し始めたらタイムアウトだ。名残惜しくても、帰ってテツを置いて出社しなければ。
「そろそろ行かないと…」
「はい、行ってらっしゃい…」
仕事に戻る一色に後ろ髪を引かれつつ、俺は再びテツと走って帰途に着いた。
夕方、仕事も少し落ち着く時期で、いつもより早く帰れるかもと浮き足立っていると、一色から電話がかかって来た。
帰りにスーパーで待ち合わせて一緒に買い物をしても良いなと思いつつ出ると、通知は一色からだった筈が知らない男が出た。
「あんた、速水さん? えーと…オレは誠の同期の山本ってもんだけど……実は誠が右手を怪我をしたので、代わりに電話してます。帰りに河川敷近くの早咲整形外科まで迎えに来てもらえませんかね?」
「もー、そんな言い方したら速水さんが心配するじゃないですか! だから会計終わってから自分でかけるって言ってるのに…」
山本と名乗った男の近くに居るのか、少し遠くに一色の声が聞こえた。
知らない男の声に一瞬ドキリとしたものの、山本氏の落ち着いた様子と、一色の元気そうな声が聞こえたので、すぐに平常心を取り戻した。
「分かりました。もう仕事は終わりますので、すぐそちらに向かいます。それまで一色をよろしくお願いします」
電話を切って、自分の発言にちょっと後悔した。一色をよろしくお願いしますぅ? なんだその俺の物アピールは……うはぁ、恥ずかしい。
同期と言うことは訓練士仲間だろうか。一色の声からして大した怪我ではなさそうだが、ちょっと仲良さそうな感じに、つまらない牽制をしてしまった。。。
自嘲し、怪我の原因予想が外れる事を祈りつつ、俺は会社を後にした。
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