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5.鍵
カウンターから厨房に頭を差し出すと、
「んー、掌ごこちいいあんばいだ、あんばいいいだぁね」ばっちゃんと呼ばれた恰幅のいい女性に坊主頭をなぜられた。つむじがむず痒く、心もまたしかし、嬉しく痒い。
「ばっちゃん、手は洗いなよ、この人昨夜風呂入ってないで」
初対面の相手に言い出しそびれたのだ、うちに帰ったら一番でシャワーにするよ。
「すいません」
謝り会釈をする僕。パントマイマーらしく、言葉はか弱く食堂の景色に残れず、動きである会釈だけが食堂にずっといてやる、と、居丈高だ。腰の低い居丈高だが、偉そうより、自信の現れであるのでそこはひとつご容赦願いたい。
「いんやいんやぁ、ほぉれほれ、手、洗った。これ、どうぞ、ね。掌ごこちのお返し」
ばっちゃんは僕のお膳にポテトサラダをくれた。ジャガイモはマッシュしてあるしっとり系で、キュウリの代わりにキャベツが混じっている、鼻を近づけると、オリーブオイルの香りがして、好きなポテトサラダだなと、僕は笑った。
「こーゆーことなんだよ」
「お返し、わかった? おじちゃん」
席に着いてポテトサラダをつっついている。お嬢ちゃんと男が僕を奪い合うように声をかけてくれた。返事に動きで返すので、一回一回ポテトサラダが留守になる。
「リンゴ、ママに帰り道でねだったの、買ってくれたの、ママやさしいの」
「ここに住んでる者はお返しを呼ぶんだよ」
ああ。
そう。
「だから、そのリンゴのお返し、買ってもらえた、ありがとう、の気持ちなの」
「パントマイムで透明なリンゴをかじったら、種のないリンゴを半分よこす、と、面白いじゃねーの」
へぇ。
はぁ。
減らないポテトサラダ。かじれないトースト。話し続けるお嬢ちゃんと男。二人のお膳からはドンドンと食事が減っていく。
パントマイムで生きることに慣れ過ぎて、僕の食事はすすまない。
だけど、お返しアパートの有り様を教えてもらってからでも、遅くはないさ。
ポテトサラダもトーストも何処へも行かない。
わたわた。
「リンゴ、甘い!」
「ほれ、あんたもパントマイムじゃなくって、かじりなよ」
カシャリ。リンゴは甘くて、お嬢ちゃんの拳が、僕の拳を叩いた。
食事を終えた男が姿を消す。いつの間にか、僕は一人になっていた。ポテトサラダは美味かった。
と、重そうな鍵を一個持って、男が再び現れる。
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