6.返ってくる

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6.返ってくる

「空室をほっとくと鬼が住みつくって、大家さんがうるさくってさ」 「おじちゃん、住むの? またパントマイム、教えて」  男の背中に隠れていたお嬢ちゃんにもそう言われて、僕はお返しアパートに住むことになった。  男へのお返しはどうしよう。  お嬢ちゃんへのお返しは、甘いリンゴか、それとも秘伝の錯覚上体浮遊か。と、バタバタ、元のうちとアパートを荷物積んで数度往復するトラックの助手席で考えながら、僕はもうすっかり、お返しアパートの住人でいたのだ。僕のいない広場は、噴水が煌めき、フランクフルト売りの男は威勢がよく、寺院の時計は長針で空を指さしていた。  お返しアパートでの生活が目まぐるしく過ぎていった。  住人たちの動きや、言葉に教わって、僕も徐々に馴染んでいく。  足で扉を押し閉めたら、「お返し」に脛が腫れる。  お向かいさんの髪色をギョッとみてしまったら、まだらに髪が染まる。  アパートの住民みんなで可愛がっている猫のサンドラをなぜると、「お返し」にでっかい虫が玄関に死んでいる。 「これは、なぜられるの嫌いってことですか?」 「いやぁ、サンドラにとってはごちそうわけてくれてるんじゃないの?」  時に戸惑う「お返し」に困ることもあったけれど。 「た、食べないとダメなんですか?」 「ははは、お返しをどう受け取ろうと、それはいいんじゃないの」 「ほ」  胸を撫でて、サンドラのくれた虫は広場に集まる鳩にやった。  虫をやった鳩は開けた窓から入ってきて、卵を産んで去っていった。僕は卵をばっちゃんにハードにボイルしてもらった。  お返しアパートで恐ろしかったことは、広場で拾ってしまった聞きたくない言葉まで、「お返し」をくれたことだ。 「あれぐらいの芸にコイン投げるって、お金持ちだね」 「レベルを上げてサーカスにでも入団すればいいのに、努力が嫌いなのかな」  マイムで掬い損ねた声の塊。  人の、言葉。  夜の、僕の口を借りて再生される、言葉と人間。  透明な壁をすり抜けて、僕を叩きつけた言葉。  悪夢になって襲われた。 「これはきっと、聞かされた部屋の、いや、アパート全体の『お返し』」  夢でぶつけられる言葉は、どれも鋭利に具現化して僕を血みどろに染めた。  その「お返し」は、広場でパントマイムをする僕に、変化をもたらした。 
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