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7.お返しアパートに、お返し
朝と晩は食堂で風景になる。
ばっちゃんの買い出しに荷物持ちで付き合い、ジャガイモの皮むきを手伝って、お膳を充実させる。
「行ってきます」手でやさしく扉を閉めて、でっかい鍵で戸締りをする。
広場に立って、ハットを置くと、パントマイムショーの始まり始まり。あの日、クラスメイトが引いてくれた幕は、毎日のスポットライトを僕にくれる。逃げることの許されないスポットライトは、人のいないスポットを、照らすことはない。
高い塀、お金持ちの家。
ヒョイっと、覗く目はドルマーク。
着地したのは犬の背中、追われる僕のお尻に、噛みつく犬。
お尻が破れていることに、ベンチに座って気が付く。冷たい。
ああ、あの子に花束を、送るのはいつになるのだろう。
シャボン玉に捕らわれて、軽かったり重かったりするバッグを片手に、あの子の住む街まで。
「上手だねー」
「面白いね、その鞄、ホントは軽いの?」
「子供だましじゃん」
「俺ならあんな惨めな仕事、死んでもやだね」
マイムの壁を言葉がすり抜ける。
僕は思うんだ。
この言葉も、誰かが誰かにもらったものの、お返し。
誰を殴ることもない。
夜の口で再生することもない。みんな「お返し」なんだから。
透明なマッチを擦る。透明なたばこを吸う。透明な咥えたばこで、切り裂き魔になりきって、僕は捕まる。
「よかったよね」
「あぁ、ちゃんと捕まるんだよ。悪いことするとさ」
さぁ、クライマックス。
僕の上半身が浮遊しているみたいにみえるだろう。
これを完成させるまでに、二年かけたんだ。お嬢ちゃんには半年でしこんでみせる。
「ただいま」
シャワーで汗と一日を流して、また、朝がくる。
そんな繰り返しのパントマイムの日々のある日、フランクフルト売りは女に変わり、お返しアパートは姿を消す。
まさかと思って元住んでいたうちに帰ると、荷物もなにもそのままなのだ。
僕のこれから、は、お返しアパートがくれた全てへのお返し。
僕のパントマイムは、抱えきれない花束を広場に、空に、お客さんに、そして僕に。
透明のリンゴは甘いリンゴにいつか変えるよ。
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