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序章 ――一枚の貼り紙――
少女は嫌悪した。
目の前でくすぶる、人の形をした焦げ跡を。
そして、何より自分自身を。
少女は、枯葉と汚泥の中から、幽鬼のようにゆらりと立ち上がった。
寒々とした月の光が、まばらな木立の間に立ち尽くす少女の姿を照らしている。
辺りに人の姿はない。
ただ冷たく渇いた夜半の風が、木々の間を吹き抜けてゆく。
彼女は、塵と泥にまみれた水色のローブを胸元まで引き上げた。
大きく破られた裾がずり上がり、ほっそりとした白い脚が露わになる。
少女は、負の感情が渦巻く碧緑の瞳を、手首に注いだ。
傷つき、鮮血が滴る手首では、絡み合う薔薇と百合を象った腕輪が、炭火色の光を放っている。
たった今、一人の人間を灰燼に帰した魔力の残滓を見つめ、彼女は深く濁った吐息をつく。
もう一度、彼女は足元の焦げ跡を見下ろした。
つい半時も前まで、この焦げ跡は生きた人間だった。
少女を力づくで蹂躙しようとしたこの男は、恐らく戦士だったのだろう。
男が所持していた短剣や丸盾、鎧が散乱している。
彼女はぎゅっと目を瞑った。
……ああ、男の腕も、声も、そして匂いも、全てが厭わしい。
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