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形だけのことかも知れないが、主人のねぎらいは、ほんの少しだけエルドレッドの心を軽くする。
胸の滓が混ざった吐息を洩らすエルドレッドに、主人がにっこりと笑いかけた。
その笑顔は、茶目っ気と商売っ気で一杯だ。
「それで、食事かな? お二人さん」
シオンの真紅の瞳が、主人の顔を凝視した。
無感情に徹した彼の視線は、見る者の動揺と底知れない不安を誘う。
だが主人は、全く動じない。
年季の入った曖昧な笑みをしわのある口許に湛え、黙ってシオンの返事を待っている。
しかし、その感情のない奇妙な睨み合いは、エルドレッドが瞬き三つした時にはもう終わっていた。
シオンの意図が全く理解できないエルドレッドだったが、深くは考えずに主人に聞いた。
「親仁さんの得意は?」
主人は年季の入った笑みを口許に浮かべ、もったいぶった顔を作って見せる。
「そうさな、わしが胸を張って他所のお人にお勧めできるのは、やっぱりステーキと地酒だな」
手入れの行き届いた大きな肉切り包丁を手に取って、この主人は鋭く光る刃を灯火に翳す。
「この村のすぐ東に牧場があってな。
新鮮ないい肉が、安く手に入る。脂の乗った牛の骨付ブロックのステーキがウチの自慢だな。他では、こんな新鮮な肉は食えないぞ。まさに辺境の奇跡だな」
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