第二章 酒場にて

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 エルドレッドは、伝言板になっている壁の前に立った。  なるほど、近くでまじまじと見ると、大小様々な紙がべたべたと貼り付けてある。  内容も書かれた言語も、全く統一性がない。  共通語もあれば、彼が見たこともない文字で書かれたものもある。  この伝言板は、色々な立場の人々が好き勝手に使ってきたことがよく分かる。 「いろんなことが書いてあるなあ」 「そおねえ」  呆れ半分のエルドレッドのつぶやきに、思いがけず共通語の返事が戻ってきた。  ハッと横を見ると、壁の前に陣取っていた先客が、すぐ隣に来ている。    だぶだぶの黒いジャケットを着込んだ、小柄な女性だ。  裾からは細く締まった脹脛、袖先には白く滑らかな指先が覗く。  横顔に煌めく菫の瞳と、長く艶やかな黒髪が美しい。  目線はエルドレッドよりもずっと下にあり、その小柄で華奢な身体も、およそ冒険者には似つかわしくない。  だが、厳つい鋼鉄の鋲が光る黒いブーツと、黒檀の長い杖は、この女性が探索に赴ける何らかの術者であることを匂わせる。  この若い美女は、思わず見とれるエルドレッドに向き直った。  麝香にも似た甘い芳香が、エルドレッドの鼻を悩ましく刺激する。 「あら、かわいいぼうや」     
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