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「悪いな。俺の方から遠慮しておく」
シオンが即座に美女の申し出を蹴り飛ばした。
くるりと背中を向けたシオンが、エルドレッドに肩越しの真紅の視線をよこす。
「お前がどうするか、俺は知らん」
それだけ告げて、シオンは元のカウンターに戻っていった。
エルドレッドは、美女マイムーナと二人きり、伝言板の前に棒立ちになる。
彼女と向き合わせて立ちはしたものの、視線をどこに向けていいのか分からない。
どう声をかけていいのかも分からなければ、どう先導すればいいのかなど、想像も及ばない。
熱く上気した顔をちらりとマイムーナに向けると、彼女は長い杖を胸に抱き、興味深げな眼差しで彼を見上げている。
年上の女性をどうするか、弱りきったエルドレッドがうつむいた時だった。酒場の喧騒の中から彼を呼ぶ声が聞こえてきた。
「おおい、お若いの。肉が焼けたぞ。」
エルドレッドが顔を上げると、カウンターの向こう側で主人が手を振っていた。
男女の間に割り込むには余りに無粋な言葉だが、今の彼には天の声にも等しく響く。
エルドレッドは小さく息をついた。
彼の表情にも、仄かな安堵が表れていたのだろう。
マイムーナはくすくすと好意的に笑いながら、エルドレッドを見つめる。
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