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「今夜は都合が悪そうね。いいわ。あたしも帰ることにするから」
「ごめん」
つい一言、謝辞がエルドレッドの口を突いて出た。
うなだれた彼の耳に、マイムーナのため息と苦笑、それに詫びる言葉が聞こえた。
「いいのよ。それに、あたしたちの方こそごめんなさいね。失礼なこと言って。クライフも、本当はいいひとなんだけど、酔うとああなの」
マイムーナが軽くブーツを鳴らし、踵を返した。
ジャケットの裾を軽やかに翻して、彼女はエルドレッドに告げる。
「あたしたちはニ、三日この村に泊まるつもりなの。いつでも飲みに誘ってね。」
彼女は悪戯っぽくも妖艶な微笑を浮かべ、エルドレッドを流し見る。
「それから、あのお話ね。あなたが行かないなら、あたしたちで受けちゃうかもね」
それだけ告げて、マイムーナもウインク一つを残し、酒場から夜の中へと姿を消した。
し ばらくの間、まとまらない思考を抱えたまま、ぼんやりと壁の前で立っていたエルドレッドだったが、やがて伝言板を離れた。
何となく割り切れない、酸っぱい思いを胸にカウンターへ戻ったエルドレッドを待っていたのは、シオンと主人の意味ありげな視線だった。
「俺の勝ちだな」
唐突なシオンの言葉と目は、主人に向けられている。
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