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シオンの顔を真っ直ぐに見返して、エルドレッドは笑顔を見せる。
「もう少し考えてみる」
「ああ」
軽くうなずいたシオンは、カウンターの向こうの主人に目を移した。
「邪魔したな。さすが、いい酒だった。やはり地元で飲む酒は違う」
主人も満足そうに笑い、何度もうなずく。
「そうだろう。次は飲み代を払ってくれよ」
「そうしよう。それだけの価値はあった」
シオンはまだステーキを食べかけのエルドレッドを残し、この酒場“銀羊軒”を出て行った。
預かった財布を懐に入れ、再びナイフとフォークを取るエルドレッド。
食べかけの巨大な肉塊に喰らい付く彼の前に、主人が肘を付いた。
「いい男だなあ、あの男は」
休みなくナイフとフォークを動かしながら、エルドレッドは目だけを主人に向けた。
彼の目に映る老人は、楽しげに目尻を下げている。
「あれは何者だね?」
「シオン?」
主人の問いに、エルドレッドは思わず手を止めた。
彼がシオンについて知っていることは、知らないことの一割にも満たないだろう。
その中でも、さらに他人に話せるようなものは、恐らく数えるほどしかない。
クライフが口走ったシオンの通り名さえ、口に出すのが憚られる気がした。
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