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「そうかい。気に入ってもらえて嬉しいね。またおいで」
再び荷物を背負ったエルドレッドは、カウンターを離れ、酒場“銀羊亭”を出た。
路地裏に立った彼は、満天の星空を見上げた。
月が明るく輝き、銀の砂子が流れる乳の河が、天球を二つに分けている。
月と星々が見守る中、夜風に吹かれて少しばかり辺りを散策した彼は、やがて一軒の建物の前に立った。
玄関扉の上に屋号の看板を掲げた、倹しい二階屋。
この村で唯一の宿屋、『金牛亭』だ。
エルドレッドの前の宿、金牛亭は実に慎ましい。
外見こそは、一応よくある木と石の二階建てだが、本当に客室があるのかさえ疑いたくなる。
しかし、相棒のシオンも、それに酒場で会った二人組みも、この宿屋にいるハズだ。
エルドレッドは宿屋のドアを押すと、狭苦しいロビーに入った。
同時にドアのカウベルが涼しげな音を立て、カウンターの向こう側に中年の男が姿を現した。
「おや、いらっしゃい」
朴訥そうなごく普通の男が、ごく普通の共通語で話しかけてくる。
田舎によくある素朴な風体の中年男は、エルドレッドの姿を認めるなり、開口一番聞いてきた。
「あんた、エルドレッドさん?」
「そうだけど、何で俺の名前を」
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