第二章 酒場にて

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 エルドレッドが目を白黒させて聞き返すと、主人は宿帳を出しながら答える。 「あんたのお連れさんから聞いてる。あんたと相部屋だってことで、部屋は二階の二号室だよ。とりあえず、名前を書いてくれ」  主人の求めるまま、エルドレッドは宿帳に名前を記す。  チラリと宿帳を盗み見ると、『ファン・ヴェスパ』と名前が書かれている。  表向きにシオンが使う継承名だ。  エルドレッドからペンを受け取りながら、主人は何気ない調子で聞く。 「あんたのお連れさん、“人間(ホムス)”じゃないみたいだな?」 「そうだね。でも“異人(デモス)”がそんなに珍しい?」  エルドレッドは、ほんのちょっぴりの反感を覚え、相棒を庇うつもりで切り返した。  すると主人は、肩をすくめた。  どこか自嘲的な調子ながら、厭味なく小さく笑う。 「いや、全然。人間以外の“異人(デモス)”は、私ら“人間(ホムス)”と比べりゃ少数派だが、この村では時々見かけるよ。気にしないでくれ」  そう答えた主人には、特に取り繕うような様子も見せない。  宿帳を収め、主人がにこりと笑う。 「それじゃ、ごゆっくり」  短く告げて、宿の主人はカウンター奥の部屋に消えた。  ゆらゆら揺れる小さな灯火の下、独り取り残されたエルドレッドは、改めてロビーを見回した。     
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