第二章 酒場にて

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 椅子とテーブルがしつらえられたロビーの片隅に、二階への階段と、二枚の扉が見えている。  エルドレッドは、二階にあるシオンの部屋に行く前に、一枚のドアの前に立った。  そのドアには、『一』と刻まれた札が下がっている。  あの張り紙の主が泊まっている部屋に違いない。  ほんのわずかの躊躇を容れて、エルドレッドはドアを小さくノックした。  が、反応はない。 「まだまだ時間はあると思うんだけどな」  そうつぶやいた彼がドアに背中を向けた時、背後で小さく音がした。  振り向くと、扉が少し開いている。  そして、その細く暗い隙間から覗くのは、一つの緑色の目。  エルドレッドの目線よりもずっと下にあるその目は、瞬きもせずにじっと彼を見つめている。  どう対処していいものか、エルドレッドには、すぐには判断できない。  何秒かの迷いの後、彼は髪をくしゃくしゃやりながら、こう切り出した。 「酒場の張り紙を見たんだけど、あれを張った依頼人って」  と、そこで彼の言葉を遮るように、いきなりドアがぱたんと閉った。 「あ……?」    エルドレッドは一人うなだれた。  どうしようもない虚無感の中、是非なく取り残された彼はわざと口に出してつぶやいた。 「……何なんだろう、一体」  宙ぶらりんの気持ちのやり場が、なかなか見つけられない。     
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