第四章

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深山(みやま)は昨日会ったばかりなのに久し振りやなあと睦夫声を掛けてくる。そやなぁと二人は漫才のような受け答えをして深山は席に着いた。先にやっちゃったと言いながら希美子が深山にビールを注ぐ。サンキューと言いながら並々と注がれたコップを挙げた。お疲れさんとばかりにまずビールで乾杯をやり直した。  深山はビールを半分空けると食べ始めた。その二人を野村は見比べて、やっぱり似合いの二人なんやとがっかりした。 「大変ね外注に出してる人たちと工場のみんなにも効率よく仕事を回して得意先まで駆け回るから、いつになったら暖簾分けしてもらえるか解らないわね」と希美子は労っている。二人三脚の自営業の夫婦者みたいに見えた。この時ほど二人の距離がずいぶん近いと思わずにはいられなかった。 「希美ちゃんお似合いやねぇ」と雅美が揶揄(やゆ)した。 その言葉に「冗談やめて!」と希美子が一瞬とがった声を挙げた。雅美に言ったが深山の手が同じ様に一瞬止まった。初めて彼女の深淵を見たような気がした。が次の瞬間には何事もなかったように「のど詰まるわよゆっくりたべたら」とごく自然に深山に掛けた優しい言葉に、釘付けされたわだかまりは、凍り付く前に天空に掛かる虹のように瞬時に雲散した。瞬時にして入れ替わる彼女の不思議で見飽きない光景だった。 「結構仕事が溜まってんですね」 「ああ君がまた来てくれて大助かりだ」  一息着いた深山はやっと飲む方に回った。 「まだそこまでの仕事はしていない」と野村が言うと、仕事は工場の機械や店の売り子と違って絵心や、絵筆さえ持てればいつでもこなせるところが魅力やから君に合う仕事は山ほどあると深山は熱く語る。 「最近重い柄の着物が増えたから今日の野村さんの描いてた柄、上のベテランさんも描いたはる」  陽子が深山にビールを注ぎながら野村の絵心を喋る。希美子は幾つか串焼きを頼んでいる。深山は野村には伝えたい事が山程あると言いながら仕事だけではないんじゃない気がする。ビールの呑みかたでそんな気がした。希美子はメニューを見ながら深山に食べる物を聞いていた。 「いつも仕事でほっぽらかしてるけど今度の休みは希美ちゃんを誘えそうだ」  深山は渾身の笑みを込めて言った。 「わあ嬉しい、じゃみんなで行きましょう」と希美子が言うと深山はむっとした。すかさず陽子があたしたちはいいから二人で行きってばと笑いながら言った。睦夫さんも野村にじゃますんなと言っていた。みんなは目を合わせて笑っているた。  「せっかく誘ってもらったのにもっと喜こばなあ」と睦夫さんが盛り上げようとする。 「睦夫さんあたしそんな顔してる?」  「希美ちゃんは解らん」と睦夫は笑い飛ばした。 「いいわ、じゃひとつ問題を出すわ」 「クイズかいなぁ」 「うーん残念だけど道徳問題」 「せっかく酒で盛り上がってんのに」と深山が愚痴る 「そうでもないよあたしや第一野村さんなんか余り呑んでないし睦夫さんは食べてばかりこの際議論した方がええ」 雅美が串カツを頬張りながら言った。喰うか喋るかどっちかにせえと睦夫さんが横から言って来る。  深山以外は希美子の言い出した話しが聞きたいと賛同した。  そこで道徳教育について一寸聴いてほしいのと人伝だけど実際に有った話しと希美子が奇妙な事を言い出した。
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