第一章

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  これで新天地が見つかった。だが前の会社とは一刻も早く縁を切りたい。しかしそれを言い出すのは今の彼には地獄の苦しみに等しかった。とにかく明日会社へ行って辞めさせてもらうしかないが、引き留められればイヤだと言い出せない。彼はその口実に苦しむ事は目に見えている。このまま無断欠勤を続ける勇気もなかった。その狭間で夕陽が落ちる迄の時間を新たな悩みで彷徨う事になった。 秋の深まりを楽しむ老若男女の群れに遭遇すると脇道に逸れた。だが何処を歩いてもこの時期は此の群れから逃れようがなかった。やっと観光地を離れると嘘のような静けさの佇まいに緊張の糸が切れた。  彼は左右を見て歩道から渡り掛けた刹那に、白いモヤが架かった。次には目の前が青空に変わり足下は柔らかい野原だった。急に体が軽くなっていた。明るい太陽の下の草深い草原をふわふわと跳ねている風景に変わっている。此の時は一瞬夢見心地のように全ての悩みから解放された自分は時間の無いお花畑を飛び回っていた。突然誰かの呼び止める声で鮮明な現実が展開した。傍に居る母が見知らぬ男から「息子さんにはてんかんの気はありませんか?」と訊かれていた。   話しではどうもいきなり車道へ飛び出したみたいだった。おかしい俺は左右安全を確認したのに何も見えてないなんて・・・。頭に包帯が巻かれていた。母は額を四針縫ったと告げて、車にはね飛ばされたのに他に傷がなかった。奇跡だと関係者は言っていた。     
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