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満員の通勤電車が駅に到着し、ホームへと降りていく乗客が大きな波となり智子の傍らを流れていく。
一瞬、大波が落ち着くと、今度は引き潮のようにまたホームから乗客の流れが車内に戻ってくる。
智子はその波に流されまいと必死につり革を固く握っている。
駅員のアナウンスに急かされるようにドアは閉まり、がっちりと閉まったドアに乗客がもたれ掛かりスマホに目を落とす。
ありふれた光景が智子の前に広がっている。
『これも作用、反作用かな』
もたれ掛かる乗客の体重でドアを押し、それと同時にドアは乗客を押し返している。
ドアがお返しとして、もたれ掛かる乗客を押し返してくれているお蔭で、あの乗客は走行中の車両から振り落とされることなく、のん気にスマホを眺めていられるのである。
そんなことを考えながら智子はドアにもたれ掛かる乗客を眺めていた。
乗客はドアが開いている時には誰ももたれ掛からない。
ドアが開くと現れる空間の中には、何もないわけではない。
その空間には空気が存在している。
しかし、空気はドアのように自分を支えてはくれないことを乗客は無意識のうちに理解している。
駅に到着する度にドアは開き、そして閉まる。
閉まると乗客はもたれ掛かる。
もしドアが人間のように想いや考えを持っているのだとしたら、きっとドア自身はもたれ掛かる乗客の支えになっているなんて思ってもいないのだろう。
ドアとしての自分の役割は、走行中は閉まり続け、ホームに到着したら乗客を通すことだけを考えているに違いない。
智子はそんなドアの存在を考えると少し楽しく思えてきた。
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