向日葵

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向日葵

トン、トン 襖を遠慮がちに叩く音が聞こえて、私はゆっくりとそちらに顔を向けた。 「お母さん…………大丈夫? 何か、食べられる?夕ご飯作ろうか」 目を腫らした娘が、静かに声をかけてきた。 「大丈夫よ。今はいらない。 あなただって辛いでしょうに……今日くらい店屋物でも頼んでちょうだい。子供達、お腹空いたでしょう」 「……ん、そうする………… お布団、敷いておくね。無理しないで休んでね」 私用の布団を敷くと、 娘は鼻を啜りながら部屋を出ていった。 ――――長年連れ添った夫が……… 今朝、空へ旅立っていった。 事実に違いないのだけど、 現実を受けとめきれない私がいる。 呆然と、心が無になったように、 病院から帰ってきた私は自室でずっとこうやって座り込んでいる。 最期に触れた夫の手は、 中学生で初めて想いを伝えあった時と同じ、 温かくて、大好きな手だった。 あれから70年近く、 ずっと、一緒に生きてきた。 娘にも、孫にも、ひ孫にも恵まれて、幸せな人生だけれど、 やっぱり…… 「あなたが、居ないと…………私は…………!」 あの人の前では一度も流さなかった涙が、 止めどなく溢れてくる。 憲太郎さん、憲ちゃん、けんちゃん…………! 私の、一番大切な人。 それは、ずっとこれからも………… 泣きつかれて、私はいつの間にか布団に倒れ込むようにして眠ってしまった。
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