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数年か、それとも数十年か? あるいは百年は経ったのかもしれない。
碧は、白い星の下に辿り着いた。
そこには、小さな丘があった。丘は緑だった。丘の上には小さな白い家があった。
ふらふらと、碧は家へと進んだ。丁寧に刈り込まれた垣根の中には、よく手入れされた花畑と、澄んだ泉があった。空気は甘く清浄で、柔らかな光に満ちている。
時間をかけて丘を登る。ノックもせずに、碧はドアを開けた。中は塵一つなく掃除されていて、白いテーブルと、二脚の椅子と、かまどがあった。かまどではやかんが火にかけられていて、しゅうしゅうと湯気を飛ばしている。
「こんにちは、碧くん」
水晶のように透き通った、それでいてたおやかな女性の声がした。
なぜ気づかなかったのだろうか? 椅子には、一人の女性が座っていた。
シルクのドレスを身に纏い、七色に輝く後光を背負ったその女性は、しかし顔が光に包まれていてよく見えない。
これが、救いの女神様だろう。
女神は青い陶器のティーカップを手にして、お茶を飲んでいる。
「よく来てくれたわね、碧くん。ずっと待っていました。さあ、ここにかけて、一緒にお茶を飲みましょう」
碧は、それを断った。そして、カバンからチョコの箱を取り出すと、静かに言った。
「女神様、お願いがあります。これを、小春に届けて欲しいんです。きっと天国に彼女はいます。僕の代わりにこれを渡してください」
数秒の間をおいて、女神は答えた。
「……中身を、見せてもらっても良いかしら」
碧は箱を差し出した。女神が蓋を開ける。
中身は、もう一つしか残っていなかった。ハートの形をした、ミルクチョコが一粒。驚いたように女神が言う。
「あら、一個だけなの?」
碧は、弁明するように言った。
「ここに来るまでに、いろんな人と出会いました。みんな、お腹を空かせていました。足を失った男の人、やせ細った子供たち、目が見えなくなった女の人……僕は、その人たちにチョコを一粒ずつあげました」
女神はじっと聞き入っている。碧には、その顔から発せられる光が僅かに薄くなったように感じられた。
「一個だけでも残って良かったと思っています。あと一人でもいたら、僕はきっと最後の一個でもあげてしまったでしょうから……お願いです、小春に、たった一粒ですけど、これを届けてください」
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