骨、飢餓、チョコ

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 ここには時間の観念がない。昼もなければ夜もない。  だから、ここ数日の間に、としか言いようがない。碧が他の人々と一緒に歩くようになったのは。  背広を着たサラリーマン、ビジネススーツのOL、普段着の年配の女性、作業着を着た男性、黄色い帽子の子ども、病院着の老人……  皆が皆、暗い顔をし、疲労感に満ち満ちているが、一言も声を漏らさない。  碧は、集団の中頃にいた。ここに来てからずっとそうしてきたように、無心になって、ただ歩を進めている。  突如、大地が振動し、轟音が響いた。そして、醜悪な甲高い鳴き声が聞こえた。  無意識に沈潜していた碧は、ハッとして目を先頭の集団にやった。前方は砂埃に覆われている。  数秒後、そこから姿を現したのは、一つの異様なシルエットだった。  地から躍り出たのは、巨大なミミズのような怪物だった。怪物は毒々しいショッキングピンクの体色で、口の周りには鋭く輝く無数の牙を生やし、全身が茶色の粘液に覆われている。  怪物は、近くで呆然として立ち尽くしていた人間にその醜悪な頭部を近づけると、環状の筋肉と口部とを機敏に駆使して、一気に丸呑みにしてしまった。  それを見た人たちは、声もなく逃げ出した。  走る碧の周囲に、次から次へと怪物が地面から出現し、咆哮を上げて、獲物を捕らえていく。  人間の叫びは聞こえない。  背広のサラリーマンが怪物に追われている。彼は、近くにいた病院着の老人を殴り倒した。  身代わりにしたのだ。  怪物は、地面に横たわる老人を標的に定めると、その巨体を踊らせた。  サラリーマンだけではない、碧以外のすべての人間が、身代わりにしたり、されたりをしていた。  碧は、幸いにも捕まらなかった。周りには誰もいなくなってしまった。  彼は気落ちすることなく、さらに歩を進めていく。チョコの箱が入ったカバンの持ち手を握りしめて。
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