骨、飢餓、チョコ

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 生前のこと、過去のことは思い出せるのに、直前のことは奇妙に曖昧で、はっきりとした形で思い出すことができない。  小春の笑顔も、声も、手のぬくもりも思い出せるのに、どうやって這い上がって穴から抜け出したのか、碧は思い出せなかった。  彼はまた地表を歩いていた。今度は、道に沿って歩いていた。いつから道に出たのか、それも思い出せない。  すべては空腹のせいだ、と碧は思った。痛みも、恐怖も、眠気も、寒さも感じないが、空腹だけは生きていた頃の何倍もの威力を伴って、彼の魂を幾度となく苛む。  何度も彼は、カバンの中のチョコの箱を開けようと手を伸ばした。そのたびに、彼は急ブレーキをかけたように踏みとどまった。  これは、小春にあげるものだ。 「……おーい」  幻聴かと、最初碧は思った。しかし、間をおいてもう一回、さらにもう一回と声が聞こえてくる。  向こうに一人の男性が地面に横たわっているのが見えた。 「やあ、君」  男の両足は膝から下がなかった。何かに食い千切られたような、生々しい傷口。
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