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「マスター、いつもの」
「どこで覚えてきたんだか。そら、牛乳だ」
数分後、フロウは薄暗い屋内へと移動していた。部屋の中には横に長いテーブルと脚の長い椅子、所狭しと並べられた酒瓶に、曇り一つないグラス。まさにバーの佇まいであった。そんな場違いな少女の無邪気なオーダーに、マスターと思われる、ガタイのいい浅黒い肌の男が手際よく牛乳を用意した。
「へへっ、ありがとおじさん!」
「せめてマスターって呼べよ。まったく、暇だったらすぐここに遊びに来やがって」
「だって、お外にいたら見つかっちゃうもん…」
フロウの拗ねたような表情に、マスターは頭を掻くしかなかった。
「…なら堂々と来りゃいい。密航なんてマネすっからこうなってんだぞ」
そう。このマスター…名をブルース=ベックマンという男は、フロウの素状を知っていた。特に、こうして他の竜人の目を欺いて荷物に紛れ、搬入に乗じて遊びに来ていることも知っていたのだった。そのたびに連れ戻されているのだが、何度連れ帰られても懲りずにやってくるその竜人の少女に、呆れを通り越して感心すらするレベルであったという。
「そもそも、この町の何がいいんだ。俺からすりゃ、空の上で自然とドラゴンと触れ合いながらのんびり過ごす方が良く思えるけどな」
「わかってないなぁおじさん、確かにその通りだけど、一日中風は強いし寒いし危ないし、海もなければ森もないんだよ。この大陸にはそれが全部ある!なにより人もたくさん!楽しくないわけないじゃない!」
「へぇ、そうかい。夢を壊してくれるなお嬢ちゃん」
30代半ばでありながら、少し余生の過ごし方に思いを馳せていたブルースは、若干残念な心持になったという。すると、ふと人影が窓ガラスの向こうに見えたのが目に入ったブルースは、目の前で牛乳の入ったグラスを両手で傾けるフロウに手招きした。
「ん?」
「こっちきな嬢ちゃん。かくれんぼの時間だ」
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