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田園地帯を突っ切るその電車は、空いていた。椅子は赤いシートの長椅子、車両の塗装は厚化粧でどこか古めかしい。ガラガラの車内を、土の香りがゆっくりと流れていく。
なんとも平和な風景。
だが。
ある駅で乗ってきた男を見て、緩利は怪訝な顔をした。
その男、他の空いている席に行けば良いものを、なぜか緩利の隣に座ってきたのだ。しかも、ぴったり肩を寄せて。
なんだこいつ? ピチピチの女子高生の隣なら好んで座るスケベ親父もいようが、男子高校生、それも緩利のようなイモイモしい男の横に座るとかどういう趣味してんだ?
男が、にやり笑い、緩利の耳に口を近づける。彼は、心の底からゾッとした。体感気温が数十℃下がる。この男、行動もだが、外見も気味が悪い。髪はカップ麺のようにちりぢり、その下には十円玉のように鈍く光る目二つ。唇は死人の白さで、口がどこにあるのか、ぱっと見ただけでは分からない。
だが、彼を本当に恐怖させたのは、男が囁いた言葉だった。
「おめでとうございます。貴方に『入学』の許可が下りました」
緩利は思わず聞き返す。
「入学?」
「なにを不安げな顔をなさっているのですか? 名誉なことですよ。ご友人の惟宗さんもおられますし、ご安心ください」
汚れた池に魚の銀腹がちらりと光るように、脳裏によぎるあの事件の記憶。胸に湧く、悲憤の黒い炎。
「惟宗を誘拐したのは……お前か……」
「え、いやそうですが、誘拐だなんて人聞きの悪い」
沸き立った漆黒の業火は、止まらない。
胸の内で悪竜の如く荒れ狂うそれは、道徳、判断、信条、洞察、理性、その他諸々を喰らってますます強く激しく猛り……。
その瞬間、脳裏にある光景が、ぽっと浮かんだ。
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