サンタクロース

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 背負っている大きな白い袋は赤黒い斑点がポツポツとついている。顔は帽子を深く被っているせいで見えないが、少なくとも生きている人間じゃない。生気が感じられない。左手にはたくさんのガラガラが握られていて、一歩でも動いたら一斉に鳴り出しそうだ。  問題は右手に持っている包丁。おもちゃには見えないから、刺されたら怯んで、一気に殺られてしまうかもしれない。運が悪かったら刺された時点で即死だろう。 「おい、植田……あれはなんだ?」  五郎さんが小声で僕に聞く。肩で息をして、吐くのを我慢しているように見える。僕も一度吐きたい気分だ。 「さぁ……人、ではないと思います」 「この年になって幽霊を見るとはな……幽霊なんぞいないと思ってたんだがなぁ」 「あれ、ここまで話を聞いていて信じていなかったんですか?」 「植田が嘘を言うとは思っていなかったからな。でも、実際にこの目で見るまで半信半疑だった」  まあ、確かに信じてない人からすれば僕の話は信用出来ないだろう。付き合いが長い五郎さんだったから何も言わずに耳を傾けてくれたのだ。 「ところで植田、引き返すか?」 「このままだと僕達もそこの人の二の舞になりますね。なんとか逃げましょう。五郎さん、体力の方は?」 「疲れてはいるが、これぐらいの広さなら走りきれる」  刺激しないようゆっくりと後ろに下がる。僕達が動くと同時に、サンタクロースも足を動かさずスッと一歩前に出る。動く速さは六歳の子供、それも足の遅い子ぐらいのスピードだ。ここがアスファルトだったら簡単に逃げられるが、障害物が多いこの場所では一度の転倒が命取りになる。 「…………」 「おい、植田」 「……何ですか」 「この野球ボール投げて注意を逸らす」 「いつの間に持ってきてたんですか」 「記念品だよ、記念品。大丈夫、もう一個あるからよ」  何が大丈夫なのか。でも、少しでも隙が生まれれば逃げられる。転ばずに駆け抜けたら追いつかれることだってないはず。二人の間でそんな希望が生まれる。そうと決まれば即実行するのが男だ。
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