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夕方、夫から帰宅の連絡が入った後、私は息子を置いて家を出た。あと十分もすれば夫が帰宅する。それくらいの時間ならば、息子を一人で放っておいても大して問題はない。私はタクシーに乗り込み、駅を目指した。行き先は特に決めていなかったが、ここから遠く、それなりに大きな街ならばどこでもよかった。
私が家族を捨ててから、十年が経った。十年という日々は、私が思っていたよりもずっと早く過ぎ去っていった。気がつくと私も四十歳を超えている。もう、かつてのように遊び回るだけの体力もないし、遊んでいても男に誘われることもなくなった。
私は今、スナックでホステスをしている。私と五歳年下の後輩と、還暦前のオーナーママの三人でやっている店だ。店が繁華街の外れにあることもあって、客は少なく、殆どが常連客だ。
いつものように三人で客待ちをしていると、午後八時過ぎくらいに店の扉が開いた。
「こんばんは。もうやってる?」
「あら、浩さん。いらっしゃい。今日は早いのね」
店に入ってきたのは、酒井浩三という名の常連客だった。
「ちょつと諸事情があってな」
「諸事情って何よ?」
そう言いながら見てみると、浩三の隣には少年が立っている。見た感じからすると、小学校高学年くらいだろうか。
「実は嫁さんと喧嘩しちまってよ。嫁さんが怒って実家に帰ったもんだからさ。こいつは恭平、俺の息子なんだけど、とりあえず何か食べさせないといけないからさ」
「へえ、そういうことね。わかったわ」
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