善意の糸

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 瞼を開けた。部屋の中はまだ暗い。それも当然、目をつむってから十分くらいしか経っていない。暗闇に慣れた目が11時を指す時計をぼんやりと捉えた。  優斗は中々寝付けずにいた。すっかり病院生活に染まってしまい、どうも落ち着くことが出来ない。まるで他人の家にいる気分がする。仕方がないので電気を点けた。布団に入ってスマホでもいじっていればその内眠たくなると考えた。  だがこれも効果なし。どうも静かで明るい部屋にいると無菌室にいた時のことが思い出される。体も自由に動かせず、絶望の中で過ごす日々は今では軽いトラウマだ。ますます眠れなくなるどころか、遂にはいたたまれなくなり、優斗はリビングに降りて行った。 「あら、どうしたの?」  新聞を読んでいた母が顔を上げた。 「別に。もう少しテレビ見ようと思っただけ」  そう言うと母は再び新聞に視線を戻した。  優斗がソファに腰を下ろす。テレビではキャスターが海外のニュースを読み上げている。隣には父、ちびちびと日本酒を舐めている。 「……飲むか?」  と言うので、冗談で頷いて返してみると、電子レンジでミルクを温めてくれた。  静かな時間が流れていく。両親と同じ部屋でテレビを見ているという、取り立てて語ることもない時間。入院中、何度も強く求めた何気ないひと時。それは病院の中より深い安心感に包まれていた。  その時優斗が思うのは、またもドナーへの思いだった。それは命を救われたと教えられても漠然としていた。感謝の気持ちを伝えなければと自分に言い聞かせてもまだ茫漠としていた。しかしこうして恩恵にあずかる今となっては、その有難さがはっきりと分かった。簡単に言えば『幸せ』だった。とはいえ、口に出して親に聞かれるのは何だか気恥ずかしくて、ずっと黙ってテレビを見ていた。  一時間ほどテレビを見た後、優斗は自室へと戻った。ベッドではなく、机に向かった。そして今の気持ちを溢れ出すようにして、思いを紙面に乗せていく。  夜が明け始めたころ、ようやく手紙は完成された。
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