善意の糸

13/13
前へ
/13ページ
次へ
 昼、中西の元へ再び優斗がやって来た。添削しろと封筒を押し付けるので、また手紙を読んでみた。  内容は昨日とは大分変わったものになっていた。拙い文章なのは変わらない、ただ彼の飾らない気持ちが伝わってくるような気がした。 「どうだ? 先生」  神妙に優斗は応えを待っている。目元にはまだ疲れが残っている。ただ眼光は鋭く、昨日よりも自信に満ちているのが見て取れる。一晩で彼にどんな心境の変化があったのだろうか。だが悪い傾向ではない。 「まあ、良いんじゃない?」  中西の言葉に肩の荷を下ろす優斗。これで隈も消えることだろう。 「じゃあ先生、それ出しといてよ」 「何で私が?」 「馬鹿だなぁ、俺だとなくしちゃうかもしれないだろ?」  そう言って、本当に優斗は手紙を置いて帰っていった。  残された手紙は大切に鞄にしまわれた。中西が優斗のわがままを黙って聞きいれたのは、あきれて何も言えなかったからではない。  中西もそれなりに経験を積んだ医者である。臓器移植にも何度か担当してきた。その度に中西は神頼みをした。自身の腕だけでは患者を救うことが出来ないからだ。  日本のドナーはまだまだ少ない。臓器を求めてもドナーが見つかるかは分からない。だからと言ってお金の享受を認めてしまえばまた別の問題が現れる。あくまで『善意』によって行われなければいけない不確実な制度。それはまるでか細いクモの糸にしがみついているような感覚で、いつも不安感に苛まれた。  しかしその弱々しい糸は途切れることなく今日まで紡がれてきた。それどころか様々な人たちの協力の元、全国のか細い善意が幾重にも紡がれ、少しずつ太く力強いものとなってきている。今回もまた、優斗の分だけ強くなる。そう思うと不安感は少し和らぎ、その瞬間に立ち会えたことが嬉しかった。  そろそろ昼休みが終わろうとしている。中西は大切に鞄を持つと、午後の回診へと向かって行った。  封筒の差出人名がそのままなのは、ポストに入れる直前になって気がついた。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加