0人が本棚に入れています
本棚に追加
「忘れ物は無い?」
背後に中西が立っていた。「ベッドの下も見といてよ。傘とか転がってるかもしれないから」
「先生! 居るなら言ってよ、ビビるじゃん!」
「や、どうも黄昏てるようだったからね。邪魔しちゃ悪いかと」
「心臓に悪いよ」
「大丈夫。あなたの心臓、そんなにヤワじゃないわよ」
医者に言われては言い返せない。優斗は苦笑するしかなかった。
中西は優斗の主治医だった。ちょっとした相談から手術まで担当し、文字通り腹の内まで知り尽くすこの女性に優斗は頭が上がらない。出入り口で花束を持って待っているのかと思っていたが、「ドラマの見過ぎよ」と一蹴された。
「本当はそうしてあげたいんだけどね。忙しすぎて中々予定が開けられないのよ」
「別に良いよ。お礼とお別れさえ言えれば十分だから」
「うん? 随分可愛いこと言うじゃない。おかしいわね、頭まで治療した覚えは無いんだけど……」
「やかましいよ。最後くらい真面目になってもいいだろ?」
優斗は佇まいを正して、深々と頭を下げた。
「先生、長らくお世話になりました」
「はい、お疲れ様でした。でもこれから勉強とか遅れた分を取り戻さないとだから、大変なのはきっとこれからよ。でもアンタならきっとやれる、私が保証してあげる。怪我や健康だけは気を付けて」
慣れ親しんだ部屋を出た。中西は「二度と来るなよぅ」と手を振った。名残惜しさをこらえつつ、優斗は駐車場へと足を向けた。
が、すぐに踵を返し病室へ駆け戻った。中西はまだ手を振っていた。
「先生! 俺、明日も来るって言ったよね?」
中西は露骨に思い出した顔をした。「昼休みにね」と、シッシッと手を払うのを確認して、優斗は今度こそ駐車場へと駆け出した。
最初のコメントを投稿しよう!