善意の糸

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「忘れ物は無い?」  背後に中西が立っていた。「ベッドの下も見といてよ。傘とか転がってるかもしれないから」 「先生! 居るなら言ってよ、ビビるじゃん!」 「や、どうも黄昏てるようだったからね。邪魔しちゃ悪いかと」 「心臓に悪いよ」 「大丈夫。あなたの心臓、そんなにヤワじゃないわよ」  医者に言われては言い返せない。優斗は苦笑するしかなかった。  中西は優斗の主治医だった。ちょっとした相談から手術まで担当し、文字通り腹の内まで知り尽くすこの女性に優斗は頭が上がらない。出入り口で花束を持って待っているのかと思っていたが、「ドラマの見過ぎよ」と一蹴された。 「本当はそうしてあげたいんだけどね。忙しすぎて中々予定が開けられないのよ」 「別に良いよ。お礼とお別れさえ言えれば十分だから」 「うん? 随分可愛いこと言うじゃない。おかしいわね、頭まで治療した覚えは無いんだけど……」 「やかましいよ。最後くらい真面目になってもいいだろ?」  優斗は佇まいを正して、深々と頭を下げた。 「先生、長らくお世話になりました」 「はい、お疲れ様でした。でもこれから勉強とか遅れた分を取り戻さないとだから、大変なのはきっとこれからよ。でもアンタならきっとやれる、私が保証してあげる。怪我や健康だけは気を付けて」  慣れ親しんだ部屋を出た。中西は「二度と来るなよぅ」と手を振った。名残惜しさをこらえつつ、優斗は駐車場へと足を向けた。  が、すぐに踵を返し病室へ駆け戻った。中西はまだ手を振っていた。 「先生! 俺、明日も来るって言ったよね?」  中西は露骨に思い出した顔をした。「昼休みにね」と、シッシッと手を払うのを確認して、優斗は今度こそ駐車場へと駆け出した。
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