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一瞬、場が凍り付いた。母の箸から唐揚げが転がり、父のグラスを運ぶ手が止まる。軽率な発言だったと気づいた優斗は慌てて手を振り訂正する。
「違う違う、診察で行くんじゃないよ。手紙のチェックをしてもらうんだ」
そして殊更詳しく説明をした。ドナーにお礼をしたいと考えていること、プライバシーの観点から相手が分からないので会うことは出来ないこと、でも臓器移植ネットワークを通せばサンクスレターだけは渡せること。
「今晩と明日の朝の内に書きあげて、昼に見てもらうつもりなんだ」
「先生にチェックしてもらわなきゃいけないの?」
「本来は別に要らんよ。でもほら、俺あんま手紙書いたことないからさ」
「私がチェックしてあげようか?」
「……何か恥ずいからいい」
父が席を立った。しばらくして戻ってくると、優斗に本を差し出した。『サルでも分かる 手紙・はがき例文集』とある。
「父さんが昔、社会人になりたての頃に使ってたやつだ。参考にしろ」
そう言ったきり、再びだんまりを決め込みビールを飲んだ。
食事が終わり、優斗が机に向かったのが午後十時。せっかくだから飛び切り感動するものをと意気込み、次から次へと本のページをめくっていく。しかし活字は徐々にぼやけ、あくびが止まらずとても内容が入ってこない。
あんなにたくさん食べなければと、後悔したのは翌朝だった。
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