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「おじさん、これ、この三年分のお返しです、ここに置いときますから」
と、後ろのシートから手を伸ばし、助手席の上にその箱を置いた。箱の中身はネクタイである。先日母とデパートへ行き、ほぼ母の意見を丸のみにして、それを選んだ。「お母さんから渡してよ」と、どさくさ紛れにお願いしてみたが、こっぴどく叱られてしまったので、自分の手から、直接おじさんに渡したのである。
「毎日朝、駅まで送ってくれて、ありがとうございました」
「そうか、今日で卒業か、もう終わっちゃうんだね・・・」
おじさんが、ミラー越しに私のことを見た。本当ならば、私の横には、美奈ちゃんが座っているはずなのである。美奈ちゃんはおじさんの実の娘で、私と同じ高校三年生だ。お互い一人っ子として、目と鼻の先の近所で生まれ育ち、一緒に成長してきた。高校は違う学校に進学したが、共に電車通学ということで、是非にというおじさんの申し出に甘え、ついでに私も、毎朝駅まで同乗させてもらえることになったのである。だが、これが、実は若干苦痛でもあった。
小学生の頃までは、美奈ちゃんとは本当に仲良しだった。それが中学に上がると、お互いの世界が広がって行くにつれ、性格や嗜好の違いが如実に表れてしまい、段々と、疎遠になっていってしまったのである。そんな状態は高校に入ってから更に進行し、よって、毎日朝、車の中でかわす会話もどこかそっけなく、出来れば早く卒業してそれから解放されたいと、思ってみたりもしたのである。そんな美奈ちゃんであるが、半年前、突然交通事故で、この世からいなくなってしまった。それでもどうしてもと、この半年間、おじさんは私を、駅まで送り続けてくれたのである。
「ね、郁美ちゃん、いっそのことさ、おじさんの娘にならないか」
「えっ!?」
突然、何を言い出すのかと、びっくりした。心臓が思わず止まるかと思った。
「じょ、冗談だって、冗談。そんなにびっくりしないでよ」
びっくりしない方がおかしいでしょ、全く。
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