最後の朝

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「じゃあね、4月から大学生、頑張ってね」 「はい、今までありがとうございました。美奈ちゃんの分まで頑張ります」  私の口から、「美奈ちゃん」という言葉を聞いたからであろう、おじさんは満足げに微笑んで、車を走らせていった。だが私は、そのまま駅へ向かう気にはなれず、暫くそこで立ち止まり、自問自答を繰り返していた。この3年間、雨の日も風の日も、毎日駅まで私を送ってくれたおじさんへのお返しが、果たして、あんなネクタイ一本で表せるのであろうか。私は、おじさんの期待に全く応えることが出来なかった。悲しい、それがとても悲しい・・・。   と、次の瞬間、私は道路を横切り、対面へと向かって走り出していた。そしてロータリーをぐるっと回って戻ってきたおじさんの車の前に立ちはだかり、それを急停止させた。  おじさんは、さも不思議そうな表情で、窓から顔を出した。私はそれへ向かって、 「小学生の時に、美奈ちゃんに貸したまま返って来ない本があるんです。それを、今度、是非返して欲しいんです。タイトルは・・・」  その本は、二人がまだ仲が良かった頃、私がたまたま図書室で見つけ、すぐにお小遣いで買い求め、美奈ちゃんに貸した本だった。なぜならその物語の内容が、当時二人が顔を合わせれば盛り上がっていた話題と、ドンピシャだったからである。  私の母親は、きびきびしていて性格がややキツい。それに対して美奈ちゃんのお母さんは、物腰が柔らかく、口数が少なめだ。明らかに、美奈ちゃんは私の母親と性格が似ていて、私は反対に、美奈ちゃんのお母さんと性格が似ている。私と美奈ちゃんの誕生日はほぼ変わらない。もしかすると、私の本当の母親は美奈ちゃんのお母さんで、美奈ちゃんの本当の母親が、私の母親なのではないかと、二人して大真面目に、その幼い頭を悩ませていた。まだ赤ちゃんの頃、何かの手違いで、二人は入れ替わってしまったのではないかと、大人たちから隠れる様にして、二人、顔を突き合わせて真剣に議論を繰り広げたものである。その本の内容がまさに、それと類似どころか一致していた。
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