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他の部員はすでにバラけて退散し、私と先輩は二人きりになる。
先輩の卒業祝いの二次会、解散。
先輩への想いから、それを伝えることから逃げ続けていた私は、いつの間にかこんなところまで来てしまった。
「先輩、ほんとにもう卒業しちゃうんですよね。なんだかちょっと、急すぎるというか……」
先輩を、見る。
店を出る前は白かった空にもう日はなく、街灯とカラオケ屋さんの光る看板が先輩を照らしている。
その顔立ちは美しく、凛々しく、繊細で。
でも先輩の顔を見ることのできる日常は、もう少しで終わりを告げてしまう。
そう思うと目の下が熱くなってきて。
「急も何も、入学したなら普通は卒業する。当たり前のことじゃない。」
先輩はクスクスと笑う。その一つ一つの仕草が、輝いて見える。
「そんなこと、わかってますけど……そうなんですけど……でもなんか、やっぱり急すぎると思うんです。」
先輩のことを言葉にしていると、胸が締め付けられる。私は自分の手をキュッと握る。
この手を先輩の柔らかい手と握り合えたらどんなに幸せか。
「まあ、清水さんの言いたいことはわかるよ。楽しい日常が終わってしまうのは怖い。だからその日常を過ごす間は目を背ける。そして終わりが背けられないくらい近くに来てから、初めて自覚する。」
先輩の言っていることはほとんど正しい。
でも、あの日常は私にとってただの「楽しい日常」ではなかった。
「ねえ清水さん、なんかそこら辺で何か買ってこうか。確かお昼、購買のパン一つだけだったでしょ?」
「いいですけど……あ、でも私もうお金ほとんどないです。」
先輩が気を使ってくれているのに……
「よし、じゃあ何が食べたい?」
先輩はお構いなしに続ける。
「え、いや、ですから……」
「清水さん、あそこのお店のたい焼き好きだったよね。」
「はい。でもお金が……」
「大丈夫、私がツケにしてあげるから。」
「そんな、悪いですよ……」
「その代わり、今度返すついでにまた会おうよ。約束。」
そういって微笑む先輩を見て、やっとその意図を理解した。
どうやら先輩にも、私が寂しいというくらいなら気持ちは伝わっていたらしい。
「先輩、ありがとうございます。」
私は小さく、そう呟く。
目の下がまた、熱くなる。
「またね。」
最後かもしれなかった先輩の笑顔と、「さよなら」に変わっていたはずだったその言葉は、私の頭の中を何度もこだました。
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