ありがとう、おかあさん

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ありがとう、おかあさん

 おかあさんがおふろにはいっているあいだに、だいどころからひつようなものをもってきた。  ポケットのなかにかくしておかなきゃ。  はやく、そのときがこないかな。  ……あ、ガチャっておとがした。  おかあさんがおふろからあがったおとだ。 「ちょっと! 私が風呂から上がったらタオルを持ってきなさいって、何度言ったら分かるの!?」 「はーい」  タオルをもっておふろにむかうと、イライラしたおかあさんがまっていた。 「なにチンタラしてんのよ。本当に愚図でノロマねぇ……!」  おかあさんは、わたしからタオルをらんぼうにとって、あたまをふきはじめた。 「おかあさん、あのね」  おかあさんは、まだながいかみをふいている。 「なによ、まだいたの」  おかあさんは、こっちをみていない。 「──ばいばい」  わたしはポケットからちいさなほうちょう(くだものナイフというらしい)をとりだして、おかあさんにさした。  おなか、せなか、あたま。  かおもたたかれたっけ。  あしも、うでも、いたかったところ、みんな。  さいごは、いちばんいたかったところのかわりに、むね。  こころには、ほうちょうさせないもんね。  おかあさんは、はじめはジタバタしていたけど、だんだんガクガクふるえて、うごかなくなった。  つかまえたむしが、にんげんにたたかれてしんじゃうのと、そっくり。  わたしは、うごかなくなったおかあさんをみおろした。 「ありがとう、おかあさん。これで、ママのところにいけるよ」  まどガラスにうつったわたしのかおは、おかあさんのわらったかおに、とてもよくにていた。
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