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迷惑だったかもしれない。
そんな思考が過って猫は急いで体を離した。
彼を見ると、額に汗をかき、頬を少し紅潮させた彼は目を逸らしていた。
嫌だったんだ。
申し訳なくて、猫はしゅんと視線を落とし「ごめんなさい……」と呟いた。
そこで、また、ハッとした。
自分の手。足。体。
人の様に動く指を自分の口元に持っていった。
ふっくらとした唇。舌を出して指を舐めたらザラザラしてなくて滑らかだった。
頬や耳にも触った。
というより、指先でつまんだ。
ふわふわの毛はどこにもなく、つるつるぷにぷにとした感触ばかりだった。
耳も、ちゃんと二つあった。
「や、こちらこそ、ごめん。ちょっと吃驚しちゃって」
慌てたような声に、猫はハッと彼を見た。
彼は困惑した表情でこちらを見ていた。
そうだ、お礼。
「ありがとう」
片耳の猫は言った。
言えた。
やっと言えた。
助けてもらってから一日ほどしか経っていないのだが、まだそんなに人生を生きていない片耳の猫にとっては長い長い日数に感じられていた。
「いや、いいよ。倒れていたら放っておけないよ」
彼は、にっこりと太陽のように暖かい表情で笑った。
本当に太陽の様に輝いているように見えて、猫は思わず目を細めた。
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