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波打ち際をただぼんやり歩いた。考えようと思うのだけど、何をどう考えればいいのかわからなくて、波を蹴るようにしてただ黙々と歩いた。
恋愛事なんて、苦手だ。
ふと、ビーチボールで遊ぶ同じ年頃の集団に目を向ける。
楽しそうだ。
私たちもついこの間まであんな感じだった。いつまでもあんなふうに遊んでいられるって思っていたんだけど。
でも、それは思い違いで、実際はどんどん変わっていく。
はなちゃんと高山の結婚は喜ばしい変化だとしても、智久と蘭子と私の今の状態は一体なんだろう。
蘭子は智久のことが好きなのだろうか。いつからだろう。一言もそんな話聞いたことはない。でも、それが本当なら。
……心苦しい。
蘭子が智久を好きかもしれない事が、じゃない。
私を好きだと言ってくれた智久の気持ちを知りながら、蘭子を応援しそうになる自分が。
もし、蘭子が本気だったら、智久の気持ちがこのまま蘭子に向いてくれればいいと思ってしまう。こんなの、智久の気持ちを裏切っている気がする。
「おねえさん」
軽く肩を叩かれて、物思いから引き離された。
振り向くと、男性が二人立っている。私よりも若い、だろうか。二人とも眩しいくらいの金髪だ。
「おねえさん。さっきからずっと一人だけど、迷子ですかぁ? 僕らが一緒に探してあげよっか?」
「その前にちょっと休憩しようよ。疲れたでしょ。ちょうど俺らも休憩しようとしたところなんだ。ほら、あっちで」
男の一人が私の腕をつかむ。さすがにこれはやばい。
「ちょっと!」
「だいじょぶだって。おトモダチちゃんと探してあげるから」
「離して!」
腕をつかんだ男の力は強くて、引っ張られまいと懸命に踏ん張る。周囲に人はいるのに、皆こっちの様子には気付かない。それとも知らんぷりだろうか――
「離してってば」
いよいよ身体が引き寄せられそうになる、その時だった。
「依織!」
「!」
声の方を振り向くと、智久が駆け寄ってくるのが見えた。それに気付いた男が私の手を離す。
「ちっ」
聞えよがしの舌打ちを残して、男たちがあっさり去っていくと同時に、智久が私の隣に立った。
「依織、大丈夫か?」
「うん、ありがと……」
智久が盛大なため息を吐いた。
「ぼーっとしてんなよ。一人でうろついてたら、どうぞナンパしてくださいって言ってるようなもんだぞ」
「そんなつもりは」
「おまえにそのつもりなくてもそうなんだって。ただでさえおまえさ、その……けっこう、かわ……んだから、さ」
「?」
智久にしては珍しくもごもご言ってて、なんて言ったかわからない。聞き返そうと思ったけど、それよりもなんでここに智久が来たんだろう。
訊くと、ムッとした顔で智久が答えた。
「おまえが一人でどっか行ったっていうから追いかけてきたんだよ。俺もちょっと一人になりたかったし。――とにかく、戻るぞ」
歩き始めて少し経った頃、智久が低い声で話しかけてきた。
「……あのさ、依織。さっき蘭子から聞いたんだけど」
「何を?」
聞き返すと、智久が立ち止まった。そして向きを変えて私と正面から向き合った。
「依織には昔からずっと好きな人がいるって。誰かは知らないって言ってたけど。依織、この前オレには好きな人なんかいないって言ってたけど、やっぱりそうなのか? 好きな人がいるから、オレと付き合えないってこと?」
――一瞬、頭が混乱した。
私が昔蘭子に話した「好きな人」は康介さんのことだ。蘭子はそのことを智久に言ったのだろう。
なのに私は「好きな人」と言われた時、思い浮かべたのは康介さんの顔じゃなかった。
――なんであの人の顔が浮かんだの?
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