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――外はいい天気、を通り越して暑いぐらいだった。
眩しすぎる日差しが私を軽くへこませる。6月だというのに、雨の気配はまるでないどころか、夏を感じさせる陽気がここのところ続いているのだ。
「日焼け止め塗るの忘れたなぁ」
せめて帽子ぐらい取りに戻ろうか、と体を翻しかけた私の手を、小さな手がギュッと掴む。私を見つけて駆け寄ってきたようだ。
「いお、早くあっち!」
「あー、待って待って」
牧夏は私の手を引いてぐいぐいと裏庭の方へ連れて行く。この手を振り切って部屋に戻るのはもう難しい。
見れば牧夏はちゃんと麦わら帽子を被っている。準備のいいお子様だこと。
背の高い竹林に面した裏庭は、表よりは幾分涼しいようだった。
よく手入れされている日本庭園風のそこは、本来なら宿泊客の心地よい憩いの場所となるべきところだが、今は誰もいない。というか、そもそも、今この旅館に宿泊客はいない。
「じゃあ、いおがおにね~? 10、かぞえてよー」
そう言いながら牧夏が竹林の方へ駆けていく。その竹林も天然の林ではなくうちの庭の一部で、遊歩道もちゃんとある。迷子とかの危険はないけれど、さすがに注意は必要だ。
「こら、まっか! ちゃんといおの声が聞こえるところまでしか行っちゃだめだからねっ!」
慌てて声を掛けると、「はあい!」と声が返ってきた。まあ、これまで何度も遊んだことある場所だし、大丈夫だろう。
私は後ろを向いて、大きな声で「いーち、にー」と数を数え始めた。
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