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「ガキの頃に1回だけ、陽介の家で見たことがあるんだ。その時の俺の冷ややかな反応が気に入らなかったんだと。大人になって観れば何かが変わる、なんて訳の分からないこと言って置いてったんだ。未開封だし、時間が経てばマニアに売れんだろ。今乗ってるバイクがダメになったら売り飛ばす予定だ 」
「あれ? バイクなんて見かけたことないですけど……」
奇子は小さな庭を思い出しながら、首を傾げた。
「プレハブがあんだろ? あそこにしまってる。今度バイクで出かけるか?」
「はい!」
奇子が元気よく返事をすると、海野は柔らかな笑みを浮かべて彼女の髪を撫でる。
「だいぶ話が飛んでるが、俺の両親の話が聞きたかったんだろ?」
「あ、そうでした。予想外のワードが出たのでつい」
奇子は頬をかいて苦笑した。
「んじゃ、気を取り直して。親父は自営でバイクの修理屋をしてて、お袋はキャリアウーマンだった。ふたりはジャズが好きで、家に帰ればなんかしら流れてた」
海野は煙草を咥え、燐寸で火をつける。
「さっそく影響されてるものが出ましたね」
「あぁ、そうだな。親父は俺と違って人と話すのが好きだったし、腕も確かだったから客が集まったんだ。客が来る度に色んなバイク見れて、結構楽しかった……」
当時のことを思い出しているのか、海野は穏やかな顔で煙を吐く。
「お袋が珈琲好きで、小さい頃から挽き立ての珈琲で作ったカフェオレ飲んでいたんだ。舌がそれに慣れていたから、初めて給食のカフェオレ飲んだ時はがっかりした。『こんなのカフェオレじゃない』って言って、先生を困らせたっけな……」
「それは先生も困りますね」
奇子はクスクス笑う。
「他の生徒が『これ嘘のカフェオレなの?』なんて言った時は、先生も困った顔してどう説明するか悩んでた」
「破天荒そうですよね」
「ははっ、その話はまた今度だ。俺が1番影響を受けたのは、洋画だろうな。特にアルセーヌ・ルパンが好きで、話し相手は還暦間近の年寄り先生だった」
海野はDVDが並んだ棚を眺めながら言う。
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