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「ふたりからはバイクと珈琲、洋画とジャズの面白さを教えてもらった」
「そんなに仲がよかったんなら、なんでふたりはフランスに?」
ここまで話を聞いて、海野が両親と別の国で暮らす理由が見つからなかった奇子は、疑問を口にする。
「それがあのふたりにとって、人生の目標でありゴールだったのさ。俺が大学受験受かった日に500万も入った通帳渡してきて、『少しはやいけど健次はもう成人したも同然だ。大学費用は渡すから、あとはひとりで生きなさい』だとよ」
「えぇっ!? そんなめちゃくちゃな……」
奇子は驚いて海野をまじまじと見る。
「おかしいと思ったんだよ……。親父の修理屋だけでも余裕で食っていけんのに、なんでお袋があんなに働いてるのか……。俺が高校生になって親父の修理屋でバイトしようとした時だって、断固拒否された。仕方なく自分でバイト先見つけて働き始めたんだがな、生活費にって少しばかり渡したら『そんなのいいから今のうちから貯金しとけ』って返されてたんだ。ふたりがフランス移住して、その間に俺が困らないようにするためだったとは、夢にも思わなかった」
困ったものだといわんばかりだが、海野の表情は柔らかい。
「すごいご両親ですね……。連絡は取ってないんですか?」
「あぁ、目の前で連絡先ブロックされて消された。『これでお互いに自由だ、あとはお前が自由に生きろ』だと」
奇子は口をあんぐりと開けた。
「なんつー顔してんだよ……」
海野は両手で奇子の頬を挟む。
「常識外れというか、この親にしてこの子ありというか……」
「それ、褒めてんのかけなしてるのか分からねェな」
海野は苦笑すると、再び煙草に火をつける。
「昔話はこれくらいにしようや。今日はせっかくのおうちデート日和なんだしよ」
「そうですね。ところで健次さん、DVDはたくさんあるのに、テレビが見当たらないんですけど……」
奇子が室内を見回しても、棚の他にあるのは今座っているベッドとテーブル、それと小さな冷蔵庫くらいだ。
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