6人が本棚に入れています
本棚に追加
終幕 ある冬の日
あの雪の日から十年後、こうして私はかの雪山を登っている。勿論、何も持たないという無謀なことはせずに、バイト代を大方持っていかれるほどの登山道具を身に付けている。
無数の雪がゴーグルを打ち付ければ、ザクザクと積雪をブーツが踏む。昼間にも関わらず太陽は出ず、ネックウォーマーが白の息で濡れていた。手袋をしていても指先は千切れてしまいそうなぐらい冷えて、痛覚が煩わしい。
頂上を目指している訳ではなかった。あの小屋を、珈琲店をただひたすらに探していた。
答えが見つかったのだ。
人の心が読めないから恐がっていた。けどそれは相手も一緒だと気付いた。お互いがお互いを恐がっていたのだ。だから片方が寄り添えば自ずともう片方も寄り添い、互いをどんどん知っていく。そうすれば共感や尊敬することが増えていきーー好奇心が生まれる。恐くない、違う部分が見えてくる。
恐れてはいけない。
結局、人が恐いか恐くないかなんて、自分の見方で変わるのだ。
恐いとだけ感じるのはきっと寄り添ってないからで、自分から歩み寄ればその人の色んな面が見えるのだ。
それを伝えたかった。私が出したこの答えを他ならぬーー誰よりも人間らしい、青年に。合ってる間違ってるではなく、ただ聞いてほしかった。
◆
「ふぅ……」
一通り歩いてかなり高いところまで来た。振り返ってみれば随分と小さい山で、こんなところで遭難したかつての私が阿呆に見えた。実際、阿呆だったのだが。
ただ闇雲に小屋を探しても見つかるはずがないと考えていた。只でさえ雪のなか、再び遭難したら目も当てられない。カバンに手を突っ込んだ。出てきたのはーー特大の拡声器だった。これに関しては十年間積み重ねてきたバイト代やお小遣い、家事の手伝いで稼いできたお金で買ったものだ。特注で、市販のものとは二つ桁が違った。何しろ大きく重い。耳栓(これも高かった)で耳を塞ぎ、両手でやっと抱えられた特大拡声器に口を当てる。
すぅーっと息を吸った。
「俺が来たぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
街中でやったら即刑務所行き確定だろう。耳栓しても工事現場級の激音が轟く。静寂に包まれていた雪山が震えていた気がして、少し鳥肌がたった。
最初のコメントを投稿しよう!