終幕 ある冬の日

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 一度だけでは方角を見失うかもしれない、私はそれから何回も絶叫を繰り返した。その度に鼓膜が破れそうになって、寒さよりも辛かった。  再び静寂が訪れ数分たってから、久方ぶりの声が聴こえた。 「随分と久しぶりだな」  そこには、呆れたように苦笑いを浮かべる青年ーー否、成長した男が立っていた。 ◆  十年越しの天井は霞んではいなかった。遭難することなく小屋に辿り着けたのとに今さら私は安堵する。しかし耳鳴りが酷く、暫くは一般生活に障害をきたしそうだ。  それは男も同じだった。相変わらず整った顔には髭が生え、少し肌が荒れたように見える。青年に送るかっこいいというよりは、ダンディーな見た目になっていた。 「全く、迷惑な奴だよ君は」  しかし声ところころ変わる表情は全く変わっておらず、少し嬉しくなった。 「なに笑ってんだよ」 「ごめんごめん。今日は少し話したいことがあったんだけど、その前に珈琲を飲んでからがいいかな?」そうだな、と頷き立ち上がった男に私は待ったをかけた。自分のバックから超拡声器に隠れていたガラスの円筒状の瓶を取り出す。 「今回は私のを飲んでみるといい」  男は目を見開くと、直ぐに瓶を受け取り部屋を出た。暫くしないうちに男は二つマグカップを持って戻ってきた。カップからは湯気がもくもくと上がっていた。片方を男は渡そうとするが、私は片手でそれを遠慮した。 「じゃあ、飲むよ?」私はどうぞと返し男が珈琲を飲むところをじっと見つめていた。優雅に珈琲を飲む男はとても絵になっている。しかしおかしくなって、私は笑いを堪えていた。  ぶぅっと、男は珈琲を吹き出した。 「なにこれっ、にがっ! にっが!」  こちらを睨む青年に私も吹き出した。
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